看護実習で指導者が求めていることに応える危険性
いつも、ありがとうございます。
ローザン由香里です。
実習で、先生や指導者に求められていることが、すぐに理解できればなぁ、悩むことはなくなるのになぁ、って思った経験ありますか?
ここには、実は2つの異なる問題が隠れているように感じます。
ひとつめは、求められていることがわからない。イコール、先生や指導者の言っていることそのものがわからない。ということ。
言葉がむずかしいのか、複雑な内容なのか、知識不足なのか、理由はいろいろあるかと思いますが、要は「言っていることが理解できない」という場合。
ふたつめは、求められていることがわからない。イコール、どうしてほしいと思っているのか、先生や指導者の意図が見えない。ということ。
言われていることは理解できて、それに対する自分なりの考えもあるんだけど、どうやらそれではいけないらしい。どんな答えを期待しているの?と悩む、という場合。
私がいただく相談で多いのは、後者のほう。
先生や指導者がどうしてほしいと思っているのかを知りたい、というご相談。
イヤミでも、意地悪でもなく、それは、本人に聞かないとわかりません。ので、ずばり、こうしてほしいと思っています、とはお伝えできません。
それでも、同じ指導者としての立場で、もしこういう状況の学生がいたら、何を求めますか?を知りたいわけです。私が、その先生・指導者の意図をどのように考えるか?を聞きたいわけです。
なぜなら、先生や指導者の意図に沿うことが、実習合格への近道だと考えているからです。
ここには、先生や指導者の考えが正解で、そこにたどり着くことがゴール(合格)である、という前提があります。
ので、そこにたどり着くように、たどり着くように、先生や指導者は学生を「導く」ことになります。
逆らわずに、導かれた学生が「良い学生」で、実習に合格する。
だから、学生たちは、実習に合格するために、先生や指導者が求めていることを知りたがるんです。
この方法で実習が行われる限り、学生の「考える力」は身につきません。
学生にとって、自分なりに考える意味がなくなるからです。
自分なりに考えたことが、先生や指導者と「違う」ことで、間違いだとみなされて、正解を押し付けられる。それを繰り返し経験すれば、どんな学生も気づきます。「先生や指導者の言うとおりにすればいいんだ」って。
っで、自分なりの考え、結論を出す、ということをやめてしまうのです。
だって、そうする意味がないから。むしろ、そうすることで否定されて、ダメだと評価されて落ち込みたくないから。それに、自分の頭を使って考えるより、言われたとおりにするほうが、何倍もカンタンだから。
こうして、学生は「考える」をやめて、「言われたとおりにする」ことに注目するようになります。
っで、その結果、指導者が変わるとできない、病棟が変わるとできない、患者が変わるとできない、ということが起こります。
行動だけを見て、なぜその行動になったのか、判断の裏付けがを理解していないからです。条件が変わるたびに、指示が必要になるのです。
多分、先生や指導者は、このことに学生以上に疑問を感じているのだと思います。そんな自分と、その疑問を見て見ぬふりをしている自分の間で葛藤しているのだと思います。
その葛藤から、解放されませんか?
新しい答えよりも、自分が知っているいつもの答えで、いろいろと進めていく方が、指導者としてはラクです。
先が見えるから。
何をどうすれば、何がどうなるかを予測できるので、余計なことをしなくていい。だから、いつもの方法を正解だとしたほうが、指導者もラクなんです。
この患者さんには、この方法でこのケアをする。たったひとつのいつもの方法を正解だとした方が、指導する方はラクなんです。
新しいことをするって、エネルギーがいります。指導するって、ときに根気がいります。
ただ、学生は、この先一緒に働く将来の仲間です。
私は、いつでも自分なりに考えることのできる仲間と仕事がしたいです。そんな仲間と、看護を語り合いながら、お互いを高め、看護の発展に貢献したいです。
だからこそ、勇気を持って「自分の考えを持てる」「自分の考えを表現出来る」学生を支援したいと思います。^^
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