看護実習記録のSOAPが書けないときに確認することその3〜SOAPのAに書くこと〜
SOAPのAに書くこととは、
< 実施した看護計画は、効果的であったかどうか、の判断 > です。
結局のところ、実施した看護計画は良かったのか、良くなかったのか、を、Aに書きます。
では、「良かった」「良くなかった」というのは、どのようにして判断するのか、というと。
実施した看護計画に対して、
・看護目標を達成するための看護計画(ケア)であったかどうか。または、看護目標の状態に近づく看護計画(ケア)であったかどうか
・対象の状態や状況にあった看護計画(ケア)であったかどうか。
この2つを、判断の基準にするとよいです。
こうした判断の基準がないまま、「感覚」で良かった、良くなかったを判断しようと思うと、感想や反省になりがちです。私はこう思う、私は、私は・・・と、「私が」感じたこと、思ったことなどに偏りやすいです。
SOAPのAは、実施した看護計画の評価、に当たります。
看護計画は、看護目標を達成するために、立てたものです。
なんですが、本当に看護目標を達成するための看護計画として、妥当でしたか?を確認するのが、SOAP、なんですね。
看護問題も、看護目標も「仮説」です。
今の状況、状態だと、これが問題なんじゃないだろうか、ってことは、これを目標にして解決していけばいいんじゃないだろうか、という仮説。
その仮説が正しいかどうかを、検証していく助けになるのが、SOAPです。
するどい人は気づかれたかもしれません。
看護問題って、看護問題をあげる時点で、かならず正解があるわけではないのです。あくまで仮説。
これかもしれないし、あれかもしれないし、迷うのが普通です。
ということは、SOAPをした結果、この看護問題は患者さんに当てはまらなかった、とか、この看護目標は今の患者さんにはあっていない、と気づくことがあってもいい、むしろそうやって気づいていくことが普通なんです。
患者さんと関わる時間が増えれば、増えた分だけ、得られる情報も増えていきます。しかも、患者さんとの関係ができることで、質の高い情報が増えるようになります。
すると、質の高い情報が加わったおかげで、状態や状況についての判断は変わることがあっても普通なんです。
ここを、多くの人が間違えています。
アセスメントをして、看護問題をあげる時点で、先生や指導者は「正解」を知っている、と思っています。「私は正解を知っている」という先生や指導者がいたら、そこがすでに間違いです。
正解がわかるって、解決する前から、解決策によって解決するって、断言できるってことです。
おかしいですよね。これこそ、思い込みです。
あらあら、話がぐっとそれてしまいましたが・・・
思い込みでない、SOAPにするために大事なことは、2つ。
・判断の基準を持つこと
・判断の証拠をそろえること
ひとつめは、先ほど紹介した2つの視点です。
・看護目標を達成するための看護計画(ケア)であったかどうか。または、看護目標の状態に近づく看護計画(ケア)であったかどうか
・対象の状態や状況にあった看護計画(ケア)であったかどうか。
ふたつめは、効果的であったかどうかを判断した結論に証拠(S情報、O情報)がある、ということ。
看護計画を実施すると、< 実施した結果 >がかならずあるはずです。
その看護計画を実施したとき、患者さんが発言されたこと、実施したときの患者さんの様子、実施したときの身体の変化、などなど。
それらの< 結果 > をこのように捉えたので、この看護計画(ケア)は効果的だった、といえるわけです。
なんの情報もない状況で、あれは良かった、あれは良くなかった、とは判断できません。それこそ、思い込みです。
良かったと言える場合も、良くなかったと言える場合も、そう言えるだけの、なにかしらの情報があるはずです。それを、S情報、O情報として、書いておく必要があります。
SOAPのAには、実施した看護計画が効果的だったかどうかを書きます。
そして、効果的だったかどうかを判断するには、2つの視点を使うといいです。
2つの視点を使って、判断をするときには、かならず判断の材料として、S情報、O情報が必要になります。
当然ですが、Aにつながらない、S情報、O情報が並んでいたら、「ずれている」「思い込み」だと思われます。
S情報なら何でもいいのではありません、
O情報なら何でもいいのではありません、でしたね。
S情報と、O情報と、Aの内容は、かならずつながりがあるはずです。
・看護実習記録のSOAPが書けないときに確認することその1〜SOAPに書くこと〜
・看護実習記録のSOAPが書けないときに確認することその2〜SOAPのしくみ〜